SMAP独立解散騒動の全まとめ その2~報道が割れた、独立失敗までの経緯~

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飯島三智ジャニーズ事務所退社を決意、それに中居正広草なぎ剛香取慎吾稲垣吾郎が同調して退社の意思を伝えたものの、木村拓哉は残留することを決意した、そのため5人全員を連れて独立しようという飯島さんの野望が潰え、飯島さんの言葉に乗せられた4人が路頭に迷い、ジャニーズ事務所を退社する気配が濃厚となった

これが、騒動が最初に報じられた際の、SMAP独立失敗までの経緯です。
しかし、これには様々な疑問符がつき、各メディアが様々な説を展開しました。
どれが真実なのか、本当のところは当事者にしかわからないのかもしれません。
できうる限り、報じられた内容をまとめてみたいと思います。

飯島氏は退社を決意したんじゃない、クビになったんだ説

ここまで、メリーさんは飯島さんに
「対立するならSMAPを連れて出ていきなさい」
と言われ、退職する決意をした…と報じられていました。
ところが、その前提条件自体が間違っていた、という説です。

これまで、話し合いがスタートしたと報じられていた、15年9月の出来事です。

(以下引用)
昨年9月ごろにIマネが紅白歌合戦(NHK)の司会にSMAPをブッキングしようとしたんです。
そのことがすぐにメリーさんの耳に入り、彼女が激怒したんです。
とにかく、手が付けられないほど怒っていました」(ジャニーズ事務所関係者)

素人感覚では、前年の司会である嵐からSMAPに移行することは事務所的には喜ばしいことのはず。
だが、

「“J派”の横綱ともいえる嵐の後を“Iマネ派”であるSMAPがやるというのは、彼女にとって絶対に許せないこと。
メリーさんからしたら世間からSMAPが嵐を追い落としたと見られ、自分が恥をかかされると思ったのでしょう。
それで、Iマネに対して
“SMAPを連れて出て行け!”
と言い放った
のです」(前出・ジャニーズ関係者)

つまり、IマネだけでなくSMAPも、メリー氏からクビを言い渡されていたのだ。
当然、クーデターなどではない。
この解雇通告は、メンバーにとって、まさに“寝耳に水”の事態だったのだ。
(以上引用 週刊女性)

飯島さんだけではなく、SMAPへも解雇通告がなされていたのです。
そのままにしておいたら、SMAPはジャニーズ事務所との契約が切れた後、芸能活動ができなくなってしまいます。
飯島さんは、退社を決意したのではなく、クビになってしまうからそのあとの所属先を探していただけだったのです。

(以下引用)
「9月後半ごろ、Iさんから焦った様子で
“事務所をクビになるんです。どうすればいいでしょうか?”
と芸能関係者に電話がかかってきたそうです。
つまり、IマネはSMAPを受け入れてくれる新しい事務所を、いろいろと探していた。
そして、11月ごろには何とか大手芸能プロがマネジメントをするということで落ち着きかけたんです」(レコード会社関係者)
(以上引用 週刊女性)

この“大手芸能プロ”は、ケイダッシュだったとネットメディア・リテラが報じています。
飯島さんが相談した相手は田辺エージェンシーの田邊昭知社長だったのですが、相談を受けた田邊社長は、本体では受けられないとして、関係の深いケイダッシュを紹介したのだそうです。
これがとん挫してしまった原因が、木村さんによる“裏切り”だったというのです。

(以下引用)
12月に木村クンが急に“事務所にとどまる”と言いだしたんです。
つまり、彼は“事務所を出ない”と言ったわけでなく、メリーさんに詫びを入れ、戻れるようにしたのです。
妻である工藤静香さんが動いたという話もありますが、やはり、年間3億円とも言われるギャラを失うのも耐えられなかったのでしょう。
そして、復帰工作はメンバーやIマネには内緒で行動していたようですね。
ただ、受け入れ先である大手芸能プロは5人での移籍が必須条件だった。
木村クンが抜けることで、この話はなくなったのです」(前出・レコード会社関係者)
(以上引用 週刊女性)

15年11月
この月には、当初ジャニーズ事務所側がSMAP5人に個別に聞き取りを行い、独立についての意思確認を行った…と報じられていました。

(以下引用)
「事務所としても、顧問弁護士が個別にメンバーを呼び、意思確認を行った。
結果、11月までに木村以外の4人が“脱退します”と明言した。
木村への確認は12月半ばにようやく行えた。
彼は弁護士に、こう告げたのです。
“成功したから独立というのはスジが通らない。
自分はジャニーさんやメリーさんを決して裏切りません”と。
これを伝え聞いたメリーさんは、
“木村だけは、私が絶対守る”
と感激していました
」(事務所関係者)
(以上引用 週刊新潮)

この証言はつまり、事務所を裏切らなかった木村さんを守るために、事務所があえて美談風にアレンジして報じさせたものだった…ということでしょう。
この証言ではメリーさんは木村さんの言ったことを“伝え聞いた”ことになっていますが、週刊女性ではこう報じているのです。

(以下引用)
「すでに9月ごろから、メリーさんは親しい関係者に
“SMAPは独立しても、コンサートの営業権と木村は渡さない”
と話していた
そうです。
つまり、怒りにまかせてSMAPを追い出したが、年間200億円を超える事務所への収入をみすみす渡したくなかった。
コンサート関連だけで100億円以上入ってきますから。
もしかしたら、木村とは早い段階で戻ることで話がついていたのかもしれませんね。
まあ、彼女にそうアドバイスした人がいたんでしょうが」(別の芸能プロ関係者)
(以上引用 週刊女性)

15年9月
メリーさんが飯島さんに“出ていけ”と言ったといわれる月です。
こんなに早い段階で“木村は渡さない”と言っていたのに、12月に木村さんが“裏切りません”と言ったことに感激した、と、そのときはじめて木村さんが事務所に残ることを知った風に書かれてますが、どこか違和感が残ります。

参考SMAP解散騒動に新説!SMAPもクビ宣告されていた…ジャニーさんの苦心が週刊文春の記事ですべて水泡に

木村拓哉がSMAPを切り捨てたかった説

その木村さんにも、疑惑が報じられています。

“当初は5人そろっての独立を考えていたものの、土壇場で裏切った”のではなく、“最初は味方のふりをしていたけど最初から独立するつもりはなかった”という説です。

(以下引用)
昨年8月時点で飯島氏とともに5人そろって円満独立することになっていた。
ジャニーズ事務所側も双方納得のうえ、移籍先もバーニング系のケイダッシュと決まっており、権利関係の配分など、弁護士を立てて細かい条件を詰めている段階だった。
「SMAP」というグループ名についても、独立したらジャニーズの許可がなければ使えないのに、中居らはそんなこともわかっていなかったなどと盛んに報じられていたが、使えるようにするということで話はついていた
キムタクは一貫してジャニーズ残留でブレていないなどと報じられているが、この時点ではキムタクははっきりと意志は表明していなかったものの、独立を前提としたキムタク関連作品の権利配分についても話し合いがなされていた
(以上引用 リテラ)

木村さん関連作品も権利配分する話し合いがなされていた=木村さんも5人そろっての円満独立に同意していた(と周囲には思われていた)ということです。
ここのポイントは、“この時点ではキムタクははっきりと意志は表明していなかった”という点。
独立するともしないとも言わず、ただ話し合いのテーブルにはついていた、そんな状態だったのでしょうか。
話し合いのテーブルにつき、特に異論を唱えなければ、通常はその件に“同意”していると思われるものですが…実際は、そうではありませんでした。
土壇場の12月になって、木村さんはこの話をひっくり返してしまうのです。

(以下引用)
「飯島さんやSMAPがメリーさんから疎まれている中で、木村さんはひとりメリーさんと妻の工藤静香さんもふくめ家族ぐるみの付き合いをしていました。
そういう関係になったのは、静香さんがきっかけだったようです。
静香さんは当初、メリーさんから結婚を反対されていたんですが、結婚後、必死でメリーさんにアプローチをし続けた。
その結果、メリーさんに気に入られるようになり、他の4人には内緒で、定期的に食事したり、家に呼んだり、行ったりするような関係になった
ようです」(ジャニーズ事務所関係者)

他でもないメリー氏自身がそのことを証言している。
昨年1月、メリー氏が飯島氏に「SMAPを連れて出て行け」と面罵したことで知られる「週刊文春」のインタビュー。
実はこのインタビューで、メリー氏はこんなことを話しているのだ。

私、SMAPの誰とは言いませんけど、今でもお家へ遊びに行くし、食事に行ったり、美味しいものがあったら届けていますよ

この“家にまで遊びに行く相手”というのが木村だった、ということらしい。
だとすれば、この独立話についても、最初からメリー氏に報告していたと考えるのが妥当だろう。

「メリーさんは、飯島さんや中居さんたちの動きを全部把握していました。
今から思えば、全部、木村さん、静香さんから筒抜けになっていたということでしょう。
木村さんは最初から、中居さんたちと合流する気なんてなかったのかもしれない」(前出・ジャニーズ事務所関係者)
(以上引用 リテラ)

この恐ろしい推論は…嘘であってほしいと心から思います。
この説のポイントは、木村さんの妻・工藤静香さん。
SMAPの解散決定が報じられた後、ここから、木村さんの裏切りからSMAP解散までの黒幕が木村さんの妻・工藤静香さんなのではないか、という“工藤静香黒幕説”に繋がっていくのです。

参考もうSMAPは俺には不要と思ってた?木村拓哉は裏切ることでSMAPを解散させたかった説が浮上…

メリー喜多川が土壇場ですべてをひっくり返した説

この騒動で、すっかりダークなイメージが定着してしまった、ジャニーズ事務所副社長にしてジャニー喜多川社長の姉・メリー喜多川氏。
彼女が土壇場ですべてをひっくり返した…という説があります。

そもそも、最初にSMAPを連れて出て行けと言ったのはメリーさんです。
それに対し、飯島さんが正式にSMAPを連れて出ていきます。と事務所に申し出たのが15年8月。
翌月に契約更新を控えていましたが、さすがに1カ月では準備ができないため、翌16年の9月に独立する前提で契約の細部を詰めることになりました。
飯島さんから相談を受けていた田邊社長の紹介で、独立後の所属先もケイダッシュに決まり、細かい条件面での合意ができかけた11月ごろ、事件は起こります。

(以下引用)
ところが、メリー社長は11月から12月になって突如、態度を豹変。
「コンサートの営業権は渡さない」と難癖をつけたあげく、「絶対に独立は認めない」と言い出し、これに呼応するようにそれまで態度を明確にしなかったキムタクも突如、「ジャニーズ事務所に残留する」と表明したのである。

そして、メリー氏は仲介者である田邊氏にクレーム。
田邊氏が慌てて、ケイダッシュに独立のプロジェクトをストップさせ、飯島氏と4人は完全にハシゴを外され、身動きが取れなくなってしまう。

これが、今回の解散危機の真相だ。
(以上引用 リテラ)

一番説得力のある説ですね。

参考メリー喜多川の「新潮」インタビューは嘘だらけ! 中居はジャニーズに飼い殺しされるより、もう一度独立に動け!

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